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『地下鉄(メトロ)に乗って』 -浅田次郎 [小説]

地下鉄(メトロ)に乗って

地下鉄(メトロ)に乗って

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/12
  • メディア: 文庫


(あらすじ)
二十五年ぶりの同窓会に出席した小沼真次は事故で来ない地下鉄をあきらめ、永田町の階段を上った。
そこは、30年前兄が自らの命を絶ったその日の町だった。
真次にとって兄の死が始まりだった。
戦後一代で財をなした父、家族を顧みない父、兄の死すら悼まない父。
真次は家を捨て、父も捨てた。

真次は、地下鉄に乗り、降り。
戦後の闇市で、出兵前の地下鉄で、激戦の満州で真次はアムールと名乗る青年の軌跡をたどる。
アムール、本名小沼佐吉。父であった。


久々に読んだ骨太小説ですw

いっそ清々しいまでの「漢」な文体。
最近いかに自分が女流作家の本ばかり読んでいたか思い知らされる痛恨の一撃でした。
いいですね。
読んでいて気持ちがよかったです。
どちらかというと、たおやかな丸みのある文章が好きなのですが、たまにこういう小説と出会うと背筋が伸びるっていうか、居ずまいを正すっていうか。
活性化されました。

浅田次郎はもちろん名前は知っている作家でした。
『鉄道屋(ぽっぽや)』ですよね。
あの有名な小説の装丁を見たら、読んだような気がします。
読んだ気になっただけかな?買った覚えがあるんだけどな・・・・。
ま、なんにせよ自分の中には残らなかった作品なんでしょうね。

少し前に新聞の新刊広告欄に見た、『中原の虹』という表題が気になって、浅田次郎の本を読んでみたくなりました。
『蒼穹の昴』はずいぶん人に薦められていましたので、まずこちらから。
この本は、その時ついでに買った一冊ですw

さて、『地下鉄に乗って』ですが、「メトロ」とフランス語をあてるとロマンチックな感じがしました。
先入観は、恋愛小説w(間違ってます)
読み出して、冴えないおぢさんの主人公真次が地下鉄の出口からでると、そこは東京オリンピックに沸く東京でした~
で、SF小説?(微妙に間違ってます)
どろどろではなく、きびきび(?)と明かされていく人間模様に、最後は「漢」小説!(しっくり)です。

真次の家は戦後の混乱期にのし上がった、成り上がり財閥です。
兄はとても聡明で人望もあったのですが、父と折り合いが悪く、18歳の大学受験を控えたある日、地下鉄に飛び込んで自殺してしまいました。
真次は我が子の死も悼まない父を嫌い家を飛び出し、新聞配達所で知り合った岡村が作った零細下着メーカーで働いています。
父の元を飛び出してきた母を引き取り、妻はスーパーでパートをしながら生活を助けています。
「小沼産業」は、ただ一人家に残った弟の圭三が継ぐことになっていて、真次たちは、小沼家や会社とは関わり合わないように生きてきました。

世が世ならば、王子様・・・的設定ですが、そんな甘いもんじゃないんですよね。
おぢさんは、くたびれてるし。
生活臭はただよってるし。
愛人は作ってるし。
なんか・・・石蹴ったらあたるくらいどこにでもいるおぢさんです。

真次にとって、夭折した兄はどこまでもしこりになって残っている重い塊でした。
兄が死ななければ、真次が家を見限ることもなく会社を継いでいたのは自分だったかもしれない。
夕暮れに父と言い合いになり飛び出していったぎり帰ってこなかった兄。
なぜ兄は死を選ばなければならなかったのか。
あの日の兄に何があったのか。
この小説のキーになっているのは、「兄の死」です。

地下鉄の駅を上がると、それは「兄が死んだ日」の駅でした。
兄を止められるのではないかと、真次は兄を追いかけます。
だが、どうやっても止めることはできませんでした。
そして、それから父の人生を追いかけるようにタイムスリップは続きます。

なぜ、今更父の半生を追体験しなければいけなかったのか。
父が具合を悪くして死に掛かっているから?
愛人のみち子との関係を解消しなければいけないから?
色々な読み取り方はあると思いますが、私はやはり「兄の死」の呪縛を解きたかったのでないかと思うのです。
「兄の死」「父の人生」「みち子との関係」3つのパーツが繋がるようでいて、残念ながら、上手くつなげられていません。
まぁ、人生における因果関係も、小説における因果関係も、これがこうだったからこうなったって方程式を解くみたいにはっきりと割り切れるものじゃありませんからw

最終的に、真次は真実以外のなにも手にいれることができませんでした。
兄をとりもどして父を和解することも、圭三の懇願を受け入れて、会社役員になることも。
そして、みち子を失います。
母から、弟から、周りの皆からそっくりだと言われる父と「同じように」生きていくと言って物語は閉じています。
はぁ・・・「漢」ですw

地下鉄という空間を移動する道具に、時間軸を乗せるという物語構成には感嘆いたしました。
そうなんです。
気がつかなかったけど、車両に乗れば場所を移動することができますけど、駅やレールは、ずっと同じ場所にあってけして動かない。
そこには、開通時からの積み重なる「時」が存在する。
「メトロ」に乗ることで、その両方を移動することができる。
なんて発想なんでしょう。
感服いたしました。

蛇足:もし、「メトロ」の乗ることができたら・・・・。と考え、戻りたい過去も、知りたい事実もない自分は寂しい人間かな?と思いました。
や、平穏無事が一番ですねw
みなさんには「メトロ」に乗ってどこに行きたいですか?


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