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『バッテリー』 - あさのあつこ [小説]

バッテリー

バッテリー

  • 作者: あさの あつこ
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2003/12
  • メディア: 文庫


手にとって・・・・そして読んでください。



1.おろち峠を越えて

父の転勤を機に、岡山から引っ越すことになった原田一家は、丁度おろち峠に差し掛かったところで、車を止めた。
弟の青波が車に酔ったためだ。
春まだ浅いおろち峠には雪が残っていたが、谷底からだんだんと春が根吹きはじめていると、巧に父は言う。
幹の色など見分けられない巧に対し、雪玉で遊んでいた青波は、父の言葉をなぞるように、木の色の違いを指摘してみせる。

不思議な少年青波。体が弱く、それ故、季節の移ろいや人の心の機微に敏感だ。
青波が投げた雪玉は、遠く一羽の鳥が止まっていた枝に当たる。
「狙って投げたのか?」
野球をやっている兄は、驚いたように、また自尊心を傷つけられたように弟に問う。
体の弱い弟を侮っていた。
登場は、青波が主役なのかと思った。
そして、青波の急成長を兄の巧は妬ましく思う役割なのかと・・・。
ある意味、間違ってはいないかもしれない。

2.梅の家

新田市は、父と母の育った町だ。
これからは母の生家で、暮らすことになる。
巧達を迎えた祖父井岡洋三は、新田高校を率いて甲子園に出場した名監督だった。
母は、野球ばかりで家族を省みない祖父と野球を、若い頃は憎んでもいたし、結婚した相手も野球とはまったく関係ない父だった。
それゆえ、父も母も巧の野球に対して理解も興味もしめさなかった。
息子のポジションすらしらない父。
巧は遠の昔に、両親には援助も理解も期待していない。

「今」の巧を象ったものは。
血と環境。
あまりある才能を持ちながら、賞賛どころか興味も示してくれない両親。
そして、誰に教えられてたわけでもないのに、野球へと惹き付けられたのは、やはり自分に流れる井岡の血ではないか。
巧は全力で、自分の力を信じる。
祖父にシンカーを教えろと詰め寄る巧は、生意気で自信過剰なガキだ。
一度ペシャンコになればいい、きっと胸がすくことだろうと思う。
多かれ少なかれ。周りにいるものをそういう気持ちにさせる。
それが巧だ。

巧の内なる神。
それは、己が力を信じ、疑わないでは才能に応えることができなかった巧が、苦肉の策で生み出した絶対神なのだ。
もし、両親のどちらかが巧の才能に賞賛と期待を寄せていれば。
今の巧にはならなかったはずだ。
たった4年生。
巧は「親」の庇護ではなく、「野球」をとった。
巧が燐のように発光し始めた瞬間だった。

3.少年

ランニングに出た巧は、帰り道を誤って神社の森へと迷い込んでしまう。
暮れかかる日、釣り帰りの少年と出会った。
少年は豪、永倉豪と名乗った。
豪は、巧のことを知っていた。
そして、待っていた。
豪がはじめて巧のピッチングを見たのは、昨年の県大会、監督から凄いピッチャーがいるから、見ていくようにと言われた。
戦慄が走る。
あの球を、自分のキャッチャーミットで捕らえてみたいと。
間もなくそのピッチャーが近所の井岡の孫であること、引っ越してきて同じ中学に通うようになることを知った時、どれほど巧を心待ちにしていたことか。

豪の登場は、夕日を背に受けて顔が見えない印象がある。
影だけだ。
その影が闇にとけかかるように、ぼんやりとしたものではなく、輪郭をはっきりと持っている。
巧みが内から発光するなら、豪は輪郭が発光している。
そう感じてならない。
唯一、最初から同じフィールドで息づいていた二人。
バッテリーの出会いだった。

4.空き地で

翌日、約束どおり引越しの手伝いにやってきた豪は、巧との
キャッチボールを心待ちにしていた。
手伝いの中には、甲子園経験者の稲村もいた。
「なあなあ、原田、話を聞こうと思わんのか。」
「誰の?」
「稲村さんの。甲子園の話」
「聞いてどうするんだよ」

「おれが甲子園に興味があるのは、あのグラウンドで投げるためってことだよ。
アスプススタンドで応援したり、行った奴の話を聞くなんてこと、ぜんぜん興味ない。」

ぞくりとする。
この子は・・・掴んで生まれてきた子だ。
あるスポーツ選手が同じことを言っているのを聞いたことがある。
オリンピック出場選手は、出場決定前から出られるか、出られないかではなく
祭典の場での自分の姿を夢想する。
憧れはある。強く。
だが、出場が目標ではない。
夢見るのはあくまで、そこでどんなプレーをできるかだ。
これは、決定的な差なんだ。
意識して持てるものでもない。
野球に対する想いでは豪は巧に負けてはいないはずだ。
3年後、巧は確実にマウンドに立っているだろう。
だが、豪は・・・・。巧なしでマスクをかぶっているだろうか?
巧が格の違いを見せた一瞬だった。

巧と豪の心踊るキャッチボールを見ていた見物人が、「打ってみる」と言い出す。
甲子園出場の稲森だ。
たかだか子供の球だと侮っていた稲森が、3球目に本気になる。
結果はセカンドゴロ。
驚いたのは、結果ではない。
絶対前に飛ばないと思っていた巧の矜持の高さにだ。
ありえない。
たかだか13の子が。
自分も、稲森と一緒にゴロに打ち取られた気分だった。
そして、こんな奴つぶれてしまえばいい。
その気持ちと
どこまでも、高く、高く。何者にも潰されず、あざ笑っていて欲しい。
相反する想いが大きく膨らんだのだった。

5.勝負

次の日に豪はまた巧の家にやってきた。
今度は、グラウンドでチームの友人に引き合わせようという魂胆だ。
友人を紹介する豪に、巧は相手をよく見ていると関心する。
関心した先から、
広島の進学校に行くことになり、たぶんこの先野球を続けられないであろう江藤を思いやった豪に対し、

「だって、よくそこまでごちゃごちゃと考えられると思ってな。聞いてて、あほらしくなる。」
と、決定的に欠落している部分をさらけ出す巧。



巧は空の一番高いところだけを目指し、真っ直ぐに伸びる一本の木だ。
他を寄せ付けない。
孤高で周りとは解ける術を持たない。
言うまでもなく中心に据えられているものは野球。
だが、不思議と豪と青波にだけは関心を寄せる。
欠落を補おうとしているのではないだろう。
むしろ欠落を自覚するように、豪と青波に向かう関心。
弱いわけでも、弱くあって欲しいわけでも、弱い部分を見たいわけでもない。
できれば、強くあって欲しい。強靭で、しなやかに。
だが、不安になる。

巧の母親はどうだったのだろう・・・。
母親なら、彼の欠落を感じ取っているはずだ。
うるさく付きまとったこともあるだろう。
野球をとりあげようとしたかもしれない。
言葉を駆使して、埋めたかったはずだ。息子には足りていない部分を。
その度に、強い光で跳ね除けられ、厳しい拒絶にあい。
諦めきれずに、諦めてしてまったのかもしれない。
彼女が青波に向かう気持ち。
ただ、体の弱い息子を愛しむだけではないのではないか?
所詮94%に落ち着いた人間は、6%を屈服させることなど出来ない。
自分は無能ではないと、素直に育ってくれている青波で正当化したかった。
自分はダメな親ではないはずだと。
人の親なら・・・。
わが子に特別な才能があれば嬉しいだろう。
そうであって欲しいと願う親、6%に押し込みたがる親も多い。
だが、巧を前にすれば、欠落した特別であるよりも、平凡でも人としてまっとうであって欲しい。
その想いが勝ることだろう。
彼女の苦悩が流れ込んで苦しくなる。
巧が息子だったら・・・・・困るな。

6.ランニング

グラウンドから帰った巧と青波。
青波はまた調子を崩し、発熱からか目のふちを赤く染めている。
そんな青波が、いままで巧が見たことのない表情で
「野球をやりたい。兄ちゃんみたいにボールを投げてみたい。」
と言った。
巧と豪のキャッチボールを見ていた青波を
「青波はええと思うがな。ああいう目をした子は、うまくなるんじゃが。」
と、褒めた祖父の言葉を何度も何度も思い出す巧だった。

巧は一体何に怯えているのだろうか。
甲子園出場監督の祖父に認めてもらいたいわけではない。
もはや巧にとって、力は認めてもらうものではなく、示すものだ。

母親は青波のものだった。
その代わりに手に入れたものが野球だった。
自分のフィールドに入ってこない青波は、体の弱い弟として庇護する対象でいてくれる。
青波は、巧が欠けているものを映す鏡だ。
鏡に映してみては、青波は持っていて自分は持っていないモノを認識している。
無意識に。
巧は負けを認めているのだ。
それでも、こちらに踏み込んでこなければ、負けを意識する必要はない。
だが、青波がこちらに来て。そして、祖父が言ったように「青波はええ」
だったとしたら。
巧にとっては立っている地面を掘り起こされることだろう。
お遊び程度の野球なら、やればいい。
許してやる。
いや、許せると思い込もうとしている。

いつも、母さんに甘えて、守ってもらって、布団の中で眠ってたような奴に、おれと同じ野球をやられてたまるもんか。
ふざけんなよ。

何一つ許せていない巧、らしくもなくランニングのペースを乱すのだった。

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7.夜明けのキャッチボール

夜明けに窓ガラスが鳴った。外を見ると豪がいた。
「キャッチボールしようぜ」
家が医者で、両親は豪に後を継がせたいと思っている。
ランニングの途中で出会った豪の母は、巧に野球をやめるように言ってくれと懇願した。
永倉となら・・・最高のバッテリーになる。巧を捕らえた強い感情だった。
家でひともんちゃくあったのかもしれない。
巧と豪はまだ明け始めてまもない街灯の下でキャッチボールをはじめるのだった。

言葉はいらない。
ただ、放ったボールを受け止めるミットがそこにある。
その幸せをボールに乗せて投げる。
放たれたボールがミットに飛び込んでくる。
その幸せを感じて、ボールを受け止める。
自分の想いを相手に伝える必要もない。
勉強も、塾も、将来も関係ない。
相手の人格すらも関係ない。
ただ、想いをボールは運ぶ。
二人の間にあるものは野球だけだ。

家にいない豪を慌てて探しに来た母親と、豪は車で帰っていた。
キャッチボールを見ていた祖父が巧のボールを褒めた後、
「巧、おまえはおもしろい試合をしたことがあるか。」と問う。
面白い野球も、苦しい野球も、悲しい野球もしたことのない巧に届くはずがない。
ただ、投げることに執り着かれている巧にとって、前に飛ばなければ野球は二人でできるスポーツなのだ。
チームワークなどどいう言葉が分かるはずもない。
今の巧にとって、野球とはピッチャーマウンド。
ただ、それだけだ。
伝えずにはいられなかったのだろう。だが、まだ早い。
老婆心というものだ。 

8.青波のボール
9.池のそばで

フライをとって以来、自分も野球をすると曲げない青波に、母は困惑していた。
あろうことか、それを巧にぶつけてくる。
「巧、あんたが悪いわけじゃないのよね。・・・けど、何故だか、あんたは人をまきこんでしまうところがあるのよね。そこがすごいと言えばすごいんだろうけど・・・」
「まきこんでないんかいない。」
「自覚してないだけ。だって、豪くんだって、青波だって・・・」
「青波のことなか知らない。けど、永倉は、おれが野球やめろって言ってもやめない。」
「・・・・巧なら、誰がキャッチャーやっても甲子園でも神宮でも行けるじゃない。」
「永倉じゃないとだめだ」

その後、巧は口論の末、母から初めてぶたれることになる。
そして、今度は豪と待ち合わせた神社の境内で先にキャッチボールをしていた
青波とも言い争いになる。

こんな、子供っぽい巧を見たことがない。
想像したこともなかった。
何故か、ほっとした。
腹をたてた原因はすべて野球につながっている。
それは相変わらずだが、今まで見せていなかった巧の年相応な苛立ちを見て
思わず手を差し伸べたくなる。
もちろん、巧はそんなものは必要としてはいないのだが。

青波から取り上げたボールを投げて泣かし、母と同じように、ただ青波に八つ当たりしただけだと分かっていて、感情をコントロールすることもできず、
豪とのキャッチボールさえ上の空になり。
青波が帰っていないと狼狽して、あげくに池に落ち。
食べたイチゴを吐いて、ぼろぼろと泣く巧。

まだ未熟な精神と、野球に対して誰よりも強い思いと、どうにもコントロールを
失ってしまった感情とが摩擦して、巧のなかで発熱する。
ぐるぐるとただ、ぶつかり合い、逃げ場のない熱で青く発光しながら発熱する巧。
その夜、青波を見つけた池のほとりで倒れた巧は、本当に39℃の熱を出してしまった。

10.おろち峠に向かって

私立中学に進学する江藤は広島の寮に入ることになる。
見送る豪たちと共に、巧の顔を見せた。
巧の顔を見て意外そうに「へえ」とつぶやいた江藤。
今までは、チームこそ違え、同じように野球をしていた小学生だった。
巧と江藤の道はもう交わることはない。
塾の時間を知らせるために持たされていたポケベルをやっかみ半分、いやみ半分に巧に渡す江藤。
「いらんかったら、すててくれ」
まるで、巧に自分が断ち切れなかった思いを託すように。
巧には何の重さもないもの。
捨てていくものの気持ちなど理解できようはずがない。
それが、自分にとっての全てなのだから。
缶のかわりにポケベルをゴミ箱に投げ入れ、そして。
「野球、しようぜ。」
巧たちの中学がはじまる。これからが、本当のバッテリーの始まりだった。 


イラストは、『バッテリー』(あさのあつこ著)ファンサイト白玉よりお借りしました。


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コメント 3

remora

このお話。単巻ごとにしっくり落とすのはなかなか難しく。
纏めてコメントしてしまいます。すみません。

信じるままに、行けるところまで駆け抜けて。
そんな思いにさせる物語でした。

巧にとっての野球とは、己の全てをのせた渾身の珠を投げること。
だから、その珠を受け止めてくれるキャッチャーさえ居ればいい。バッテリーだけで成立してしまう世界。
己の絶対を証明するために、打者が立ち向かってくる野球の試合というフィールドを求めている。
そんな印象を受けました。

観ている大人としては、彼の孤高の強さゆえに、脆く儚い危うさを感じてしまいます。

(この作者の描く少年って、皆、こんな感じですね。^ ^ ; )

祖父の危惧するように、彼の野球には未来が無いかもしれません。
野球を楽しみ、バックを信頼し、打者ねじ伏せることにこだわらない・・・
でも、こうなった時点で彼の求めた野球は終わっているのかもしれません。

物語を通して、彼を取り巻く人達との世界は広がっていきます。
巧はそれら世界に振り向きません。ただ彼の信じる野球を追い求めていく。
そんなふうに感じます。

強烈な個性ゆえに、突出し潰れてしまうのは惜しい。
でも枠にはまって丸くなっていくのは、残念。

彼らにとって、差し伸べられる手は、
どこまでが理解で、どこからが干渉になるのでしょう。

この先どこまで行けるか見てみたい。
ちょっと取り残されてしまったような寂しさを感じつつも、
そんな思いにオチ着くことにした物語でした。

はい。まだ全然しっくり落ちてきていません。
失礼しました。^ ^ ;
by remora (2005-09-25 23:33) 

にーに

>remoraサマ
うん。単巻で感想書くのは難しかった。だから、1章1章丁寧にトレースしてみました。
で、しっくり落ちてきたかってゆーと・・・・orz
結局全部終わって、感想はヒトリゴトで書いてそうな予感です。
あたしは、巧が嫌いなのね。(えっ?好きそうなキャラじゃん?って)
なーんにも分かって無いくせに、自分の中で完結させて、それを絶対だと思ってる。そして、人の話なんか聞きゃしない。
むかつくんだよね。
で、その反面 「こいつには敵わない。」って、たかだた12の子に負けてるんだ。
ただ、内側から発光する個性。それが巧。
そして、どうしようもなく惹かれる。それが何なのか知りたかったんだけど、一章ごとにトレースして見えてきたのは、巧を取り囲む人々の気持ちと巧にとっての青波という存在。
まだ、発光体の根源は探し当てられませんでした。
引き続き頑張ってみます
by にーに (2005-09-30 14:20) 

remora

え''?! 嫌いだったンですか・・・;;;
((好きそうなキャラぢゃんっ?!;;; って、そのマンマ・・・))

青波の、どこなく不思議で、ほんわか包み込む様で、そして、
ほんのり強さを秘めた雰囲気もなかなかイイ感じですが・・・

やはり巧の、強烈に「なまいき」で(w)、曲がることのない芯の強さに
ついつい惹かれてしまいました。((時々垣間見せる脆さもイイっ))

では、そんな生意気な坊主が身内にいたらと思うと・・・ (( orz ))
一歩距離を置いて、見守る立場でいたいですね・・・ ((なんて身勝手な))

で・・・豪は?と問われると・・・

がんばれ~ 君も応援しているぞぉ~

君は、チョッと自分を重ねてみたくなるキャラだったりもします。
自分には無い才能の持ち主に強く惹かれ、それと少しでも共に歩まんと苦悩する姿は、
追い求めることを忘れてしまった我ら凡人達の、在りし日の切ない残像であります(w)

この作品、にーにさんには特別な思い入れが、お有りのご様子。
感想文にも、気迫を感じました。
((こんなコメント書いてしまって良いものかと、少々気後れ気味 ^ ^ ; ))

引き続き、頑張ってください。
楽しみにしています。
by remora (2005-09-30 20:06) 

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