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「怪我人がいる、わたしはいない、だから妖魔はこない」(『図南の翼』-十二国記)についての考察 [小説]

「怪我人がいる、わたしはいない、だから妖魔はこない」

小野不由美著 十二国記シリーズ『図南の翼』(講談社X文庫)
P.395に出てくる一節です。

少し補足します。
12歳の少女珠晶が、自分が王なのかそうでないのか、麒麟に天意を問うために黄海を渡って昇山します。
幾多の困難に会い、妖魔に襲われ、絶体絶命のピンチの後、黄海の守護神犬狼真君更夜に助けられます。
昇山の道まで送ってくれないのかと言った珠晶にそれは出来ないと言った後、真君が返した言葉です。

十二国記好きの友人達とこの台詞の意味を、あーでもない、こーでもないと散々論じたのですが、答えが出ず再読してみることにしました。

まず、お断りしておかなければいけないことは、このブログでも何度か言ってきましたが、私は、
「小説や物語というものは行間にこそ読む楽しみがある」
という立場をとっているということです。
ですので、「そんなことどこにも書いてないじゃん!」
と、言われても
「書かれていませんが、私はそう読み取りました。」
としか言えませんww
物語は証明するものではなく、考察するものだというのが私の持論です。
少々かっとんだ考察になるかもしれませんし、読んだことのない方にはなんのことやらのお話です。
今までのとは少し趣旨が違いますが、面白そうなので記事にしました。


まず。
「怪我人がいる、わたしはいない、だから妖魔はこない。」
妖魔は血で呼び寄せられますから、「怪我人がいる、だから妖魔が来る。」
なら、つじつまが合います。
また、犬狼真君(以下真君)は、天仙で黄海の守護神ですから、妖魔も敬意を払って、「わたしがいる、だから妖魔はこない。」
でもつじつまは合います。
この3つの言葉、つじつまが合いそうで、それでいて説明がつかないんです。

珠晶の昇山の旅には、いくつものラッキーが付きまとってます。
物語中では「強運」と記されています。
たまたま通りかかった奏国の太子と知り合います。助けてもらったのですが。
珠晶が、昇山すると聞いて、この子が次の王だなと最初に気づいたのは太子の利広です。
昇山というものと、黄海を見てみたかった利広が、困っている珠晶をと出会ったこと。その子供が目的地を同じにしていることこそが僥倖だと考えます。
朱氏である玩丘が、金に困っている時に 宿屋で珠晶と会い、護衛に雇われる
これも、僥倖だと。
つまり、昇山の旅には「たまたま」はなく、天の理で動いていることを、
利広は既に知っているようです。

同じことが、真君にも言えます。
天仙は人とは交じってはけない。
私は滅多に人とは会わないのに、君たちが追い詰められ、殺されようと
している時にたまたま居合わせた。
大変な僥倖だと。
利広と同じ考え方です。玉京に仕える真君ならより詳しく天の理を
知っていてもおかしくはありません。

しかし二人とも麒麟ではありませんので、天意を知ることはありません。
だからか、珠晶が鵬ではないかと思いながらも珠晶を試します。

真君の試し方はこうです。
どうして、珠晶のような小さい人が昇山なんてことを考えたのかと問う真君に
「あたしが王の器だと思ったからよ」
と答えた珠晶。
「では、この先は自力で切り抜けるんだね。妖魔は向かってきている。
わたしがいる限りは襲ってこないけれども、わたしがここを出れば、まちがいなく沢を登ってくる」

よく朝、妖魔が襲ってくるというのは嘘だったと真君は言いますが、本当にそうでしょうか?
悪辣な嘘をつくと怒る珠晶に
「わたしを悪辣だと思うのなら、覚えておくんだね。祈りというものは、真実の声でなければ届かない」
「本音でなければならないんだよ、お嬢さん。そうでなければ、天の加護は得られない。」

王の器だなどと思っていない珠晶なのに、嘘の言葉を紡いだ。
だが、問われるまま自分が昇山した理由を、今まで感じてきた憤りを語った珠晶の言葉は
天に届いたというわけです。
ならば、「王の器だと思った」と言った時は確かに妖魔は向かってきていて、
本音を語った珠晶の言葉を天は聞き入れた。
「だから、妖魔はこない」
ではないでしょうか。

そして、話の流れから考えると
「わたしはいない」は「わたしはいらない。必要ない」とも受け取れる。
要約すると、
「怪我人がいる絶対絶命のところにわたしがたまたま通りかかった。これは大変な僥倖なんだ。
なぜなら私は人とは滅多に会わないからね。そして、君が語った本音は天に届いたよ。
それが証拠に、天の加護がある。向かっていた妖魔も今は去った。私がが送る必要は
感じないね。君は鵬で既に天啓は降りたも同然だ。蓬山で麒麟に会い、天勅を頂きなさい。」

言葉少なめなのは、犬狼真君という立場からなのか、それとも彼の性格なのか・・・。

だが、もう一歩深読みして、何故「わたしはいらない。」ではなく「わたしはいない」
なのか。
ここになにか隠されているような気もしてならないのです。
「わたしがいない」に続く言葉が「だから」ならば、わたしは、いては不都合があるという意味にとれます。
額面どおり受け取れば、「わたしがいてはならない。」となります。
真君は、黄朱の民の願いを聞きいれ諸神に嘆願して里木の枝を黄海に移植します。
そこで願えば、黄朱も子がもてる。
黄朱にとって、犬狼真君とはただの守護神ではなく、黄海という国の王に匹敵する存在です。
そして、神々は天帝が作ったものではない理を厭い、里木に呪をかけます。
黄朱でないものが触れば里木は枯れる。
与えた真君もまた天の規約に縛られている。神様には神様の掟があるようです。
人とは交わってはいけない。
ならば、天仙は「人と神とが唯一交わる場」つまり麒麟との契約の場に立ち会ってはいけないのかもしれません。
間もなく、麒麟が珠晶を迎えに来る。蓬山に動きがある。
それを感じて、「わたしはいてはならない。」なのかもしれません。
もしその場にいたら麒麟が天命を伝えられないのか、はたまた自分の民である黄朱に災うのか・・・。
いづれにせよ、真君は送っていってやれない事情があったようにも思えます。

さて、最後に珠晶の王気はいつから発せられていたかです。
作中では、「強運」と幼いながらも王の器を見せる珠晶に昇山中にだんだんと
王気、王たる資質が出てくるようにも思えます。
では、何故、麒麟は27年も王を待っていたのでしょうか?

珠晶は言います。
「どこかにいるのよ、王が。それが誰かは知らないけど、そいつが黄海は遠いとか怖いとか
言って怖気づいている間に、どんどん人が死んでるのよ!」
「もしもわたしが冢宰なら、麒麟旗が揚がり次第、国の民の全員が昇山するような法を作るわ。」
これが、珠晶の王たる資質の根源だと思うのです。
つまり、珠晶が王であると資質を見せるには昇山という行為が欠かせなかったのです。
麒麟は自ら赴いて、王を選ぶことも少なくありません。
だが、麒麟は待っていた。珠晶が生まれ、昇山できる年まで。
それが天意だった。
昇山を決心しなければ、行動に移さなければ、珠晶の王気は見いだせないということです。
近くまで来ているのに、なかなか到着できない珠晶にたまらず飛び出した麒麟を叩き
「だったら、わたしが生まれたときに、どうして来ないの、大馬鹿者っ!」
だが、麒麟は心から笑んで、叩頭する。
この麒麟にとっては、長い間待ち望んでいた主だったのでしょう。

十二国記はとてもよく出来た話です。
この世界観がたった一人のひとから生まれてきたのかと驚愕します。
びっしりと隙間なく埋めら、しかし綻びのない不思議な世界。
そして、あえて書かずに想像の余地を残し、矛盾のないように周りはかっちりと固めている。
これが、十二国記の最大の魅力です。
この世界なら、あってもおかしくない。いやきっとある。
シリーズを読むたび、そう思えるのでした。


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コメント 2

remora

1行の文から、ここまで想像を膨らませた「行間ワールド」。
たいへん面白く拝見しました。

「君は僥倖に巡りあった、と言ってるんだ」
との、真君のお言葉で、
あぁ~、このコ、運がイイからもう大丈夫ってことねぇ♪
と、世界を萎めてしまった私とは大違い (( orz ))

「天仙の考えることって、さっぱり分からないわ」
この珠晶の言葉に、どれほど救われたことか・・・
((やっぱり、分からなくて正解なのね・・・))

> この麒麟にとっては、長い間待ち望んでいた主だったのでしょう。

私はむしろ、ここで「行間ワールド」構築してみます。

珠晶は確かに待ち望んだ主だったかもしれないけれど、
気の優しい(弱い?)この麒麟が仮に六太くらいの年頃(?)で主上に選ぶには、
あまりに痛い(w)王サマです。
((尚隆もかなり痛い王サマではありましたが・・・))

「だったら、あたしが生まれたときに、どうして来ないの、大馬鹿者っ!」
(ぱしぃん♪)
このような無体な珠晶のお振る舞いにも、
心から笑んで応えることができるくらい供麒が成熟(?)するまで、
天帝はひたすら珠晶の王気をお隠しになられていたのでは?(w)

こんな気の優しい(弱い?w)麒麟が高里 要(高校生)くらいの年頃(?)で、
生まれたばかりの珠晶をホイホイ迎えに行った日には・・・

夜泣きとムズがりで、失道の病にかかっちゃったかも?
((そんなことで、かかるかっ;;;))

で、王様は不老不死だから、供王、いつまでたっても赤子のままか・・・
((うっ;;; orz ))

「行間ワールド」、あえなく崩壊・・・
by remora (2005-09-30 21:27) 

にーに

>remoraサマ
今頃返信です。スイマセン。
オムツの珠晶が、バヴバヴ・・・。
「あたち、あなたがきらいにゃの・・。まぢゅ王の前では叩頭しゅることをおぼえなちゃい。」
で、2本指で頭抑えるんですか?揺りかご浮遊させながら??
しまった、001(ええ、化石ですともっ)と間違えた。
珠晶の髪白くなってるし。

いつもいぢめられている供麒。けっこう間抜けで、けっこう好きだったんですが、
「行間ワールド」構築中になんかちょっと見直しちゃいました。
この記事。
憐れな供麒に捧げます。
ちなみにあたしが王なら、景麒ではなく供麒がいいですね!靴も履かせてくれるしwww
by にーに (2005-10-13 14:10) 

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